宇宙サラダ

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なぜ風邪をひくとせきが出るのか?ウイルスの生態系における重要な役割

わたしは「銃・病原菌・鉄」をよんで以来、伝染病や病原菌といった存在のミステリアスさに気付いてしまいました。以降病気について考える機会が増えたんですが、ある日、別の本(後述)を読んでいたとき、ウイルスなど病原菌に衝撃的な「役割」があることに気付きしゃっくりが止まらなくなったので、この驚きを共有したいと思います。

なぜ風邪をひくと”せき”が出るのか?

まず、「なぜ風邪をひくと”せき”が出るのか」考えてみます。

風邪のウイルスが喉や気管や肺に根をおろすと、そこでどんどん増殖して炎症をおこします。人体は自身を防衛するために、「せき」をすることでウイルスを体外に排出して被害をとどめようとします。

しかし、ここで逆の視点からも考えることが重要です。

ウイルスは自力で増殖することができません。人間や動物などほかの生物のちからをかりなければ増殖できないのです。
人間や動物はやがて死にますから、自力で増殖できないということは、宿主をのりかえないかぎりウイルスは確実に死に絶えてしまいます。つまり、ウイルスの立場から考えると、「どうやって宿主から宿主へのりうつるか?」という戦略*1を考えることがきわめて重要になるわけです。そう考えると「せき」のようにウイルスをばらまく行為はウイルスにとっては最強の戦略といえそうです。

つまり、「風邪にかかるとせきが出る」という現象は、

  • ”せき”をすることでウイルスの被害を最小化したい人間
  • ”せき”をさせることで宿主チェンジの効率を最大化したいウイルス

この両者の利害が一致したことによって発生しているのです。

この興味深い相互作用は、フィードバックループという考え方で説明することができます。

フィードバックループとはなにか?

フィードバックループとは、あるシステムの状態が、そのシステムの状態の変化のしかたに影響を与えるような構造のことをいいます。言葉で説明するとめっちゃむずかしいですが、事例や図で説明すれば感覚的に理解できると思うので、あきらめずにわたしを信じてください。

風邪の例に戻って説明します。

人間はじぶんを守るために、”せき”や”くしゃみ”をしてウイルスを追い出そうとします。この仕組みは、ウイルスの増殖による刺激によって発動します。ということは、ウイルスが増えれば増えるほど、”せき”や”くしゃみ”が発動して、ウイルスは体外へ排出されやすくなります。

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「ウイルスの数」に注目すると、増えるほど”せき”によって排出されるため、増えすぎることなく一定に保たれる

この様子をみると、人体には、正常な状態を維持しようとするちから*2が常にはたらいていることがわかります。この場合の正常な状態とは、ウイルスなどの異物がいないか、十分少ない状態ということです。現状を維持する力安定させる力、といってもいいと思います。

このような仕組みはバランス型フィードバックループとよばれます。

バランス型フィードバックループは、身のまわりにありふれてるので大層なものには思えないかもしれません。ブランコを一度だけ揺らすと、前後に揺れながら、だんだん振り幅が小さくなって最後には真ん中で止まりますよね。ブランコが高い位置にあればあるほど強く中心に引き戻そうとする力がはたらくわけです。バランス型の影響下にあるブランコのようなシステムは、力を加え続けないかぎり(こぎ続けないかぎり)、最後には正常な状態に戻って落ち着くという特徴があります。

一方、これと逆の性質を持つもうひとつのフィードバックループがあります。そしてそれは、わたしたちを驚愕させるような結果をうみだすことがあります。それは自己強化型フィードバックループとよばれ、好循環または悪循環という名前で知られるものでもあります。

風邪の感染が拡大していく様子を考えてみましょう。

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「せきをする人の数」に注目すると、「せき」が増えるとさらに増える

風邪の人がせきをすると、ウイルスは拡散されて別の人にうつる可能性が高くなりますね。そうして風邪の患者が増えれば増えるほど、せきをする人の数も増え、風邪がうつる人もますます増えます。うつる人がますます増えれば、せきをする人もますます…

こうなると、人間から見れば「悪循環」、ウイルスから見れば「好循環」ですね。よくできた自己強化型フィードバックループは、わたしたちの直感を凌駕する効果を発揮します。世界のコロナウイルスの感染状況を見て気付いた人も多いと思いますが、はじめはゆっくりとひろがっていたウイルスが、ふと気付くと猛スピードで蔓延してとんでもない状況になっていたというようなことがおきます。先ほどのバランス型とは対照的に、自己強化型は安定するどころか、状況を一変させてしまう力をひめています。いくところまでいってしまうのです。

このような自己強化型フィードバックループの例として、印象的な事例は他にもたくさんありますが、わたしが唖然とさせられた具体的な例をいっこ紹介します。

  • ある新種のネズミのカップル(メス+オス=2匹)がいました
  • そのカップルは、メス6匹、オス6匹、計12匹のこどもをうみました
  • 子ネズミは1ヶ月でおとなになり、子ネズミどうしでカップルをつくります
  • 新たなカップルは親と同じように計12匹のこどもをうみます
  • これらすべてのカップルはこれから「毎月」こどもをうみます(毎月12匹うむ)
  • うまれたネズミは1年間死ぬことなく生きのびます

さて、はじめ2匹からはじまるこの新種のネズミの家族は1年後、総計何匹になっているでしょう?

これはネズミ算として知られている問題です。1年後このファミリーの合計は、なんと、276億8257万4402匹にもなります!!たった2匹のネズミの祖先が1年後に276億匹をこえるネズミの親となるのです。ひっかけ問題ではなく、ふつうに計算するとそうなります。この結果はわれわれの直感を裏切るようなものですよね。初月に14匹、翌月には98匹、翌々月に686匹、はじめはゆるやかに増えますが、だんだん増加数は爆発的になっていきます。これをさらに1年続けようものなら、わけのわからない天文学的な数字になってしまうんです。

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ネズミの増え方(12月の数に比べ、ほとんどの月は数が少なすぎる)

ネズミ算とは、まさに「ネズミが増えれば増えるほど翌月にうまれるネズミはさらに増える」という自己強化型フィードバックループの典型例だったのです。そしてこれは自己強化型フィードバックループのおそろしさをよくあらわした例でもあります。

ちなみに、この新種のネズミの生態ルールを少しかえてみると、またもおもしろい洞察が得られます。たとえば上の例では、「うまれたばかりのネズミは1ヶ月でおとなになり、翌月にはこどもをうむことができる」と仮定していますが、これを「3ヶ月でおとなになり、3ヶ月以降に毎月こどもをうむことができる」と仮定すると、1年後の新種ネズミの数はわずか6万6458匹におさまってしまいます!

ここから推察できることは、自己強化型のシステムには、とりかえしがつかなくなる「しきい値」のようなものがあり、そこをなんとかコントロールできれば悪循環の連鎖を劇的におさえることができるということです。コロナウイルスのようなパンデミックにおいても、どのパラメータをおさえれば感染爆発を防ぐことができるか、研究がくりひろげられていることと思います。

自己強化型フィードバックループによって生物は進化する?

2種類のフィードバックループと、それらがおよぼす結果の特徴を説明しました。おそらく読んでもらった方のうち何割かには、このような考え方に強い興味を示す人がいるかと思います。わたしもそうでした。もっと興味があれば「世界はシステムで動く ーいま起きていることの本質をつかむ考え方」を読んでみることをおすすめします!ものごとの見方を根本的に変える可能性を秘めている本です。

***

先述で「ウイルスの被害を最小化したい人間」と「増殖を最大化したいウイルス」の利害が、”せき”や”くしゃみ”といった行為によって一致すると書きました。実はこの利害関係の一致そのものも、自己強化型フィードバックループの影響下にあると考えることができます。

次のシナリオを考えてみます。

  • あるとき、たまたま”のど”周辺に定着するウイルスがあらわれる
  • あるとき、のどに違和感を感じると、気道の圧力を高めて口から異物を排出しようとする生物があらわれる(原始的な”せき”)
  • ウイルスは、原始的な”せき”を利用して拡散するために、ますますのど周辺を狙い、”せき”を誘発する傾向が出てくる
  • 生物は、のど周辺の感覚をますます研ぎ澄まして、原始的な”せき”を洗練させ、ウイルスに対抗する
  • ウイルスは洗練された”せき”を利用してますます拡散し、ますます”せき”を引き出すような性質を洗練させる
  • 生物は、ますますのどや気管周辺の感度を高めて、”せき”の精度を高める
  • ウイルスはますます拡散し、ますます...

この様子はまさに自己強化型フィードバックループです。つまり、人間とウイルスの両者の利害が一致した先に、”せき”や”くしゃみ”といった生理現象がぐんぐん効率化し、進化したと考えられるのです。人間とウイルスが協力してこの現象をつくりあげたようにも見えますね。

進化にかぎらず、人間の社会・経済活動、自然現象など多くの複雑なシステムでは、「卵が先か?ニワトリが先か?」問題がぶちあがることがよくあります。これはたしかに興味深い疑問ですが、わたしは「どちらが先か?」よりも「両者の関係が自己強化型フィードバックループを形成するか?」に着目することがものすげー重要だと思います。

ウイルスの生態系における重要な役割とは?

さて、実は今回わたしが本当にしゃべりたかったことは”せき”の進化のことでも、フィードバックループについてでもありません。冒頭で言及した「ウイルスがもつある重要な役割」についてです。そのこたえは少しぞっとさせられるものかもしれません。次回説明します。

 

cosmosalad.hatenablog.com

*1:ウイルス・細菌など、寄生生物が宿主をのりかえる戦略について興味がある方には、心を操る寄生生物 : 感情から文化・社会まで、をおすすめします!想像をはるかに超えるSFのような実話や仮説が次々と登場します。

*2:人体においては、このような「維持」の仕組みはホメオスタシスとよばれる。血圧、血糖値、体温など、さまざまなものが、正常値から外れるとそれをもとに戻そうとする力学がはたらく。ホメオスタシスは生命体の特徴でもある。