宇宙サラダ

ひたすらどうぶつの話します

なぜウイルスは優しくないのか?ウイルスの生態系における重要な役割

ある種のウイルスに感染すると、厳しい症状が出て、ときに死亡する場合もあることはご存知ですよね。でも、前回の記事、「なぜ風邪をひくとせきが出るのか?ウイルスの生態系における重要な役割」で説明したように、宿主が死んでしまうとウイルス自身の繁栄もそこで終わってしまいます。ウイルスにとっては人間に長生きしてもらった方がいいはずなのです。いいかえれば、宿主を傷つけることなく優しく感染できるウイルスはもっと繁栄するはずです。なのになぜわたしたちはこんなにも凶暴なウイルスにおびえながら暮らさなければいけないのでしょう?

 

容態が急変するときにおこる、サイトカインストームとは?

新型コロナの特徴のひとつに、病状が突然悪化して一瞬で死に至ってしまうケースがあるようです。

前回の記事で、わたしたち人体には、バイタルデータを正常な状態に戻す機能、現状を維持する機能がはたらいていると説明しました。これは、「バランス型フィードバックループ(前回の記事参照)」の典型例です。人体における現状維持機能は、ホメオスタシスともよばれます。

たとえば人間は、体温があがればあがるほど、汗をかきます。汗をかくと気化熱によって体を冷ます効果がありますよね。「体温が上がれば上がるほど、逆にそれを下げようとする」構造が備わっているので、「発汗機能」はホメオスタシス(バランス型フィードバックループ)の一例です。

ウイルスとたたかう免疫も同様です。人体の免疫システムはウイルスを検知すると、そこに免疫細胞を結集させ、ウイルスと激しいたたかいを繰り広げます。「ウイルスが増えれば増えるほど、逆にそれをおさえこもうとする」構造があるのです。

これと異なり、新型コロナ・インフルエンザ・スペイン風邪などで患者の容態が急変して死亡するとき、サイトカインストームがおこっているのではないかと言われています。*1 サイトカインストームとは、驚くことに、ふだんバランス型フィードバックループとして機能するはずの免疫システムが、急に自分自身に牙をむき、自己強化型フィードバックループに変貌してしまう、免疫系の暴走現象のことです。サイトカインとよばれるシグナル物質が放出されれば放出されるほど、免疫機能が活性化し、それがさらなるサイトカインシグナルを放出するという悪循環がおき、自分自身を傷つけてしまうのだそうです。

免疫システムがバランス型から自己強化型へと変わるとき、そこに運命のわかれみちがあるのです。

なぜ免疫システムは暴走するのか?

なぜ免疫システムは暴走するのでしょう?人体のバグなんでしょうか?暴走しない免疫にはできないのでしょうか?

でももしこれが…、バグではないとしたら?

もし…、免疫システムが…、自滅への道を意図的に選んでいる…、としたら?

もし…、免疫システムが…、みずからすすんで死のうとしているのだとしたら?

わたしが頭のおかしい人間だと思えた方は、ぜひ次の本を読んでください。あなたを進化論最高峰のミステリアスな世界へとお連れせねばなりません。

みずからすすんで死ぬための仕組みが、生物にはたくさん備わっている?

「若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間」は、2019年に読んだ本の中で圧倒的なベストでした。1年以上経った今も、この本のテーマについて考え続けている自分がいます。あまりにも衝撃的で、完全にわたしの思考を支配してしまいました。

端的にいうと、この本は「老化研究の最先端」について書かれた本なのですが、まじすごいです。わたしたちの浅はかな老化や健康に対する常識をことごとく覆すだけでなく、数々の証拠を提示しながら、一貫して巨大なメッセージが述べられているのです。そのメッセージとは…、「老化するように生物は進化した」という衝撃的なものです!

ネズミ算、再び

前回、ネズミ算は自己強化型フィードバックループの典型例で、実におそろしい結果をもたらすことを、計算結果をふまえて説明しました。はじめ2匹からはじまるネズミが、毎月12匹のネズミを産むと、わずか1年後には276億を超えてしまうのです…!

しかし、ここで疑問に思った人もいると思います。なぜ現実世界では、足の踏み場もないほどネズミだらけになっていないのか?

その謎にこたえる鍵は、まさに「バランス型フィードバックループ」にあります。
つまり、「ネズミが増えれば増えるほど、ネズミの増加をおさえる」仕組みがはたらいているのです。だからこそネズミは増えすぎることなく一定の数を保っているわけです。

その仕組みとはどんなものでしょう?

たとえば、食料問題があります。ネズミが増えると、ネズミのエサとなる資源が少なくなるため、その結果ネズミの増加は抑制されます。

天敵の増加もあります。ネズミが増えるほど、ネズミをエサとするフクロウやキツネなどの天敵たちも繁栄しやすくなるので、ネズミの増加にストップがかかります。

他にも、なわばり争いがあります。ネズミが増えると、ネズミ同士のなわばり争いが発生しやすくなり、その結果ネズミの増加も抑制されると考えられます。

まだあります。

「ネズミが増えれば増えるほど、ネズミの致死率を高める」ようなはたらきをするもの。まさにこのとおりのはたらきをする存在がいます。そう…、伝染病です…!

動物たちの感染症

感染症にかかるのは人間だけだと思ったらおおまちがいです。

中世ヨーロッパを震撼させた、かのおそるべき伝染病「ペスト」は、ノミが媒介し、ネズミ社会をもパニックに陥れます。たとえば、プレーリードッグはペストの蔓延によって数年おきに個体数激減を経験し、回復しては激減を繰り返しているのです。*2

ウサギの個体数コントロールのため、人の手によってばらまかれたウイルス「ウサギ粘液腫」はヨーロッパとオーストラリアでなんと97%ものウサギを死に追いやりました。*3

ある種のコウモリを絶滅の危機に直面させているのは、「ホワイトノーズシンドローム」という”カビ”によって引き起こされる伝染病です。*4

他にも、牛疫*5、豚コレラなど家畜にかかるものもたくさんあります。

ネズミ、ウサギ、コウモリ、家畜に共通する特徴といえば、

  • 密集して大群で生活する
  • 出産サイクルが早い

のいずれか、または両方です。

これらの特徴は、まさに感染症が蔓延するための必須条件です。それと同時に、こういった特徴には、生態系のバランスを崩してしまう脅威が潜在しているのです。2匹のネズミが1年後に276億になるような際限ない繁殖が繰り返されれば、自然は食い荒らされ、生態系壊滅しますもんね。

生態系のバランスが崩れるときにおこること

あるセンセーショナルな一例を「若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間」から紹介します。

イナゴとよばれるバッタのような昆虫が数年おきに大量発生して収集がつかない事態になることがあるのを知っている人も多いかと思います。プラネットアースⅡでは、東京23区を隙間なく埋め尽くすほどのサバクトビバッタ大量発生の様子がカメラにとらえられていました。

そういった大群を見ると、「美しい自然」ではなく、「鳥肌がたつ」のような形容をする人の方が多いと思います。その直感は正しいのです。イナゴの大群は、生態系の脅威以外のなにものでもありません。イナゴの通り道に自生する植物をのきなみ食べ尽くしてしまうわけですから。

そんなイナゴの大群が、その後どうなるか考えたことはありますか?

1875年アメリカ合衆国西部で、おそらく観測史上世界最大の大量発生をおこしたロッキートビバッタは、推計12兆匹もの大群で日本の国土をさらに超えるほどの面積を覆い尽くし、植物を食い荒らすだけでなく、大量のタマゴを産み落としたそうです。*6*7 ネズミ算の特徴から見てきたように、このタマゴが孵化したときの地獄っぷりは想像を絶します。

このバッタ、なんと1902年を最後に目撃情報が皆無です。標本はたくさん残っているそうですが、生きているロッキートビバッタはまったく見つからない。つまり、悪夢の大量発生からわずか30年以内に、絶滅しました…!!!

自己強化型フィードバックループは、それをおさえる仕組みがないかぎり、自己破滅的でもあることを示唆しています。

ウイルスにかかりやすくなることで、種全体が長い年月を安定して生存できる?

大量発生、大量繁殖がいかにおそろしいものかわかってもらえたのではないでしょうか。それをおさえられなかった種、または生態系は、多くの巻き添えとともに絶滅してしまうこともあるのです。

「老化」や「ウイルスへの感染しやすさ」といった特徴が進化するなんて、信じがたいことではあります。*8 でも…、もし本当にそんな進化が起こるのだとしたら、考えられるシナリオはひとつしかありません。

「老化せず、ウイルスも効かず、ひたすら繁殖効率を最大化させてきたような”最強の生物”は、その繁殖力が仇となってある日突然死に絶える。」

だからこそ、逆に「老化」や「ウイルスへの感染しやすさ」がもっとも自然に適応した特徴になりうるのです。

イナゴやネズミの例を出しましたが、もちろんヒトもこの例外ではありません。動物たちとは違い、人類は感染症を克服してしまうかもしれません。でも、そうなればなおさらわたしたちは「生態系を守る」責任を負うことになります。自然のなすがままに身を委ねることを拒む以上、自然の力を借りずとも環境を守り抜く意志が必要なのです。それができなければ、まじやばいことになる。そんな気がしてきませんか?

実はわたしは、人類が大昔からこの難題とたたかうさまざまな方法を、文化・伝統・本能・生態の中に埋め込んでいる例を何度も発見し、そのたびに驚かされました。おそろしい風習から、すばらしい文化まで。女性・男性の最大の関心事ともいえる”あれ”も、そのひとつ。今後紹介していきます。

 

*1:サイトカイン放出症候群 - Wikipedia

*2:Plague-infected prairie dogs have shut down parts of a Denver suburb - CNN

*3:兎粘液腫 - Wikipedia

*4:コウモリを死に追いやるカビ、米で流行 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

*5:2011年に根絶宣言が出された。

*6:Albert's swarm - Wikipedia

*7:若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間

*8:かつて進化生物学会の主流では、特殊なケースを除けば、自身の利益を大きく犠牲にして、種・群全体の利益になるような行動を進化させることはないと考えられてきた。数理モデルによって何度も示されているという。しかし近年、デイビッド・スローン・ウィルソンなどの影響によってその流れが変わってきているように見える。「若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間」の著者の一人も彼の影響を受けている。